1991年の大蔵省による総量規制の直前くらいから当時の現況の経済活況をマスコミ等で「バブル」と呼び始めたように記憶している。
流動性の過剰?額面資産の膨張?貨幣供給の過剰から消費が過剰になってた?しかし当時の日本は毎年膨大な貿易黒字を計上していた。供給過小によるインフレも輸入額の増加による円安も起きていなかった。
それなのにそれをバブルと呼ぶのか?
カリフォルニア州程度の面積の国の地価総額で全米に匹敵するのはおかしいとも言われた。しかし、今のカリフォルニア州の地価はどうなってる?
上場企業の時価総額がGDPより大きいのはおかしいとも言われた。しかし、今の米国の上場企業の時価総額はどうなってる?
株価に比べてPERが高すぎるとも言われた。しかし、今のビッグテックのPBRはどうなってる?
なぜ現況をバブルと言わない?
1991年の総量規制による株価・地価の下落は予想されており、日銀による金融機関への資本注入が行われる手筈だった。それを世論の反発で宮沢政権は中止してしまった。
2008年、リーマンショック時は、日本のバブル崩壊を研究していたベン・バーナンキが連銀議長だった。
彼はリーマン・ブラザーズは見捨てたが、その後の信用崩壊を受けて、世論の反発にもかかわらず大規模な金融機関への資本注入を行なった。
大規模な金融緩和も同時に実施。
米国経済のその後の復活はみなさんご存知の通り。
それに比べて世界で最も落ち込みがひどいと言われた日本の当時の麻生政権のしょぼい経済対策は…。
こういった大規模な緩和は日本で一度も行われていない。
新古典派的な施作で日本をデフレに追い込んだ橋本政権の後「借金王」小渕政権での大規模な財政政策は当時の謎の日銀理論で市場から貨幣を吸収されて不発に終わった。
「三本の矢」のアベノミクスの実態は金融緩和の一本足で、買える国債が払底してマイナス金利まで行ってしまったにもかかわらず緊縮的な財政政策は変えられなかった。
これらの政策不協和は日本の経済政策が「バブル」を恐れ「バブル」という言葉に呪われていたからゆえではなかったか?
生産設備が毀損しておらず貿易黒字でデフレだった時代に大規模な財政と金融の緩和を行なっていれば、あらゆる歴史が今と違っていたのではないか?
デフレで企業利益が圧縮され、国内の設備更新も国内の開発投資も先細り、生産設備が毀損されており、世界中の通貨の貨幣価値が毎年数%ずつ下がっていたのにそれに見合った円高にもならず、数年前についにインフレに追いつかれてコストプッシュインフレになってしまった今、どんな施作が残されてるのか、私にはわからない


