日本は昔から供給過剰(つか働きすぎ?)

しかし、上のエントリの図を見ると、60年代の終わりごろから、貿易収支はプラスに転じ、貿易黒字が拡大し始めてる。
(二度の石油ショック=石油価格の高騰による谷が二箇所にあるが)
この頃なにがおきてたんだろう。


単純に考えて、70年代から日本の総需要を総供給が上回りだしたという事ではないんだろうか。
つまりデフレの芽はこの頃から既に芽生え始めていた。


この頃は固定相場制による相対的な低賃金に守られて超過供給を輸出に回すことが出来たために顕在化していなかったが、変動相場制に移行する事で次第に輸出による供給過多を吸収することが難しくなっていったと。


ところで、輸出が増えるという事は国民生活の向上に直ちには役立たない。
日本経済全体を一人の労働者にたとえてみる。
一生懸命働いて貿易黒字という収入を得る。
お金というのは使ってこそ役に立つ。
日本経済全体を一人の労働者として考えているのだから、お金を使うというのは輸入を意味する。
これは使わずに貯金して自分の必要なものはできるだけ家庭内労働(国内生産)で調達してる。


変動相場制の元ではこれは円高圧力になるから円の価値は上昇し、蓄えたはずの貯金は目減りする。
日本人はある意味タダ働きで海外の人が必要なものを作ってきたようなもんだ。
(今じゃ中国人もやってるけど。人民元のドル・ペッグはどんどん難しくなってくだろうね)


日本に必要なのはこの頃から既に内需拡大だったんだね。
というか生産性の拡大に見あうだけの国民の購買力向上が必要とされていた。


だから、円高による競争力の低下を労働分配率を低下させることで補うような政策(派遣業法の改正とか)は愚策中の愚策だったと思うんだ。*1

職業安定法
(昭和二十二年十一月三十日法律第百四十一号)

第三章の三 労働者供給事業

(労働者供給事業の禁止)
第四十四条  何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。

(労働者供給事業の許可)
第四十五条  労働組合等が、厚生労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる。

↑これって口入屋の禁止だけど、今じゃ派遣業の事を「口入屋」って呼んだりするのな。おいらには派遣と口入の違いが良く判らんのだけど。


関連:『労働所得を誰がコントロールするのか』

*1:あと、国民の貯蓄率を防衛的に上げさせるような(輸出をさらに伸ばすような)年金不安とかね。