とてつもなく運が良い男はオシャベリだった

上のエントリで書いたGenographicサイトの自分の結果を見に行ってみた。
…良く覚えていないけど2006年当時よりだいぶ記述が変わってる気もする。

で、その中で面白いと思ったのがこれ。
冒頭部分だから、誰の分析結果でもあまり変わらないのではないかと思う。

発掘骨と考古学的証拠が示唆するところでは解剖学的現生人類は約20万年前にアフリカで進化した。そしてアフリカを出て他の世界に移住しはじめたのが6万年前。

あなたの血統の最初の遺伝的マーカーをもった男は、おそらく北東アフリカの大地溝帯に住んでいた。たぶん現代のエチオピア、ケニヤ、タンザニアあたり、3万1千年から7万9千年前に。彼が住んでいたそのもっともありえそうな時期を科学者は5万年前と考えている。彼の子孫がアフリカの外で生き残った唯一の血統である。つまり現代の非アフリカ人共通の先祖。

しかし男はなぜ慣れ親しんだアフリカの狩場をすてて未知の土地への最初の冒険を企てたのか?おそらく気候変動があなたの祖先のアフリカ脱出に弾みをつけたのだろう。

アフリカの氷河期は寒さよりむしろ乾燥によって特徴付けられる。北ヨーロッパの氷床が解け始めた5万年前、アフリカにはより暖かく湿潤な気候の時期を向かえていた。厳しかったサハラ地域は短いあいだ住みやすくなった。乾燥に支配されていた砂漠がサバンナに変化し、あなたの祖先の獲物である動物達は彼らの生息領域を広げ、草原に新たに現れた緑の回廊を通って移動し始めた。あなたの遊牧の祖先達は良い気候の中で彼らが狩る動物を追って移動した。彼らが通った正確なルートは未だ判ってはいないが。

気候における好ましい変化に加えて、同じ頃に、現生人類の知的能力の大躍進があった。言語の出現が他の初期の人類に対して我々を非常に有利にしたと、多くの科学者が信じている。それによって道具と武器が改良され、前もってプランを立て、互いに協力する能力、以前は不可能だった方法で資源を利用する能力が増大した。これらすべてによって現生人類は急速に新しい領域に拡張し新しい資源を利用できるようなり、他のホミニドに取って代わる事を可能にした。

(原文)
Skeletal and archaeological evidence suggest that anatomically modern humans evolved in Africa around 200,000 years ago, and began moving out of Africa to colonize the rest of the world around 60,000 years ago.

The man who gave rise to the first genetic marker in your lineage probably lived in northeast Africa in the region of the Rift Valley, perhaps in present-day Ethiopia , Kenya, or Tanzania, some 31,000 to 79,000 years ago. Scientists put the most likely date for when he lived at around 50,000 years ago. His descendants became the only lineage to survive outside of Africa, making him the common ancestor of every non-African man living today.

But why would man have first ventured out of the familiar African hunting grounds and into unexplored lands? It is likely that a fluctuation in climate may have provided the impetus for your ancestors' exodus out of Africa.

The African ice age was characterized by drought rather than by cold. It was around 50,000 years ago that the ice sheets of northern Europe began to melt, introducing a period of warmer temperatures and moister climate in Africa. Parts of the inhospitable Sahara briefly became habitable. As the drought-ridden desert changed to a savanna, the animals hunted by your ancestors expanded their range and began moving through the newly emerging green corridor of grasslands. Your nomadic ancestors followed the good weather and the animals they hunted, although the exact route they followed remains to be determined.

In addition to a favorable change in climate, around this same time there was a great leap forward in modern humans' intellectual capacity. Many scientists believe that the emergence of language gave us a huge advantage over other early human species. Improved tools and weapons, the ability to plan ahead and cooperate with one another, and an increased capacity to exploit resources in ways we hadn't been able to earlier, all allowed modern humans to rapidly migrate to new territories, exploit new resources, and replace other hominids.


上記の文章には明記されていないが、ユーラシア〜新世界の「アダム」になった男性が生きた5万年前を言語出現の時期と考えると、彼が「アダム」になった理由として「言語能力獲得」を考えるというのはかなり強力な仮説になる気がする。
わずか5万年前のホミニドというのはホモ・サピエンス・サピエンス、つまり上記文章にいう「解剖学的現生人類」の他はネアンデルタール人しか知られていないからね。それを考えあわせると…


「言語能力を獲得」した「アダム」(と現在アフリカに残っている「アダム」以外の系統)を含む小集団が、アフリカの(未だかつて言語を持ったことがない、が、しかし現生人類と遺伝形質は同じ)「解剖学的現生人類」(anatomically modern humans)(の多分相対的には多数派)を駆逐し、そして世界に広がったと。そういうことを示唆してる文章なのかなと思った。


深読みのし過ぎかも知れないけれど。
(なんか"White Man's Burden"って言葉を思い出した。関係ないけど)



そもそも生物種は集団でしか維持できない。
遺伝子多様性が失われ、突然変異による有害遺伝子が蓄積してしまう。
同質性が高すぎれば環境要因(感染症とか)で絶滅してしまう可能性が高い。
だから、たった一つがいの「アダム」と「イブ」が全人類の先祖になったという事はまずありえないんだ。
にもかかわらず、Y染色体とかミトコンドリア遺伝子の解析によって、それぞれに「アダム」と「イブ」がいるらしいことがわかってきた。Wikipediaの「ミトコンドリア・イブ」の記述によれば、それは単純に確率の問題であって、すべての子孫に連続して女の子を得てきた家系の女性のミトコンドリア遺伝子が生き残ったに過ぎない事になる。(十数万年間の全世代にわたってコインのオモテを出し続けてきたようなもの)
両親から受け継がれるその他の遺伝子は他の多くの祖先を持つわけだね。特にミトコンドリアY染色体(の一部)以外は交差によって混ぜこぜになるし。
だから、タイトルの「とてつもなく運が良い男」というのはあまり正確ではなくて「とてつもなく運が良いY染色体(の一部)」といった方がよいかもしれない。
ただ、我々人類の持っている遺伝的多様性は小さく(野生のチンパンジーの10分の1とか)、小集団から始まったのではないかとも推測されている。
それで、A.C.クラークの『2001年宇宙の旅』ではないけれど、小集団になるまで追い詰められた人類の祖先というのをなんとなくイメージしてたんだ、おいらは。

ミトコンドリア・イブ」が生きていたのは16±4万年前。一方、Y染色体の「アダム」が生きていたのはたった5万年前。
男性の方が複数の異性と交渉して子孫を残す可能性が高い(つまり逆にいえばY染色体の淘汰圧が高い)から、「アダム」の生まれた時期が「イブ」ほど遡らないのは自然に思える。
問題は確率的に5万年(3万1千年〜7万9千年)という期間での浮動で単一の系統が生き残るのはどの程度の蓋然性を持つかという事だろうね。
そのためには初期世代のかなりの長さにわたって集団の大きさを見積もらないといけないわけだけれど。(あと、この時代の人類の婚姻形態も的確に推測しなければならない。無理だと思うけど)

人類が小集団に追い詰められた時代があったのか? あるいは特定の小集団の子孫達が(高度な言語の発明により?)覇者となり、その他の集団の血統が絶えてしまったことによってY染色体の多様性が低下して、起きるべくして系統に偏りが生じただけなのか?
あるいは現生人類の遺伝子プールは常に一定規模を下回る事はなかったが、単に「とてつもなく運が良い」Y染色体の系統だけが偶然にも生き残ったのか。