なぜ外人は同じ顔に見えるのか

固有顔(eigen-face)』というものがある。

コンピュータで顔画像を処理し、個人を同定しようとする技法のひとつ。
本質的には「平均顔モデル」からの乖離を測定する技術だと理解している。
任意の画像から顔が映っている部分を切り出し*1、拡大縮小して、例えば縦100画素×横100画素の大きさにした上で誰の顔かを識別する。
100×100画素の濃淡パターンをそのまま100×100要素の行列にして比較をおこなうんだけど、これだとあまりにも次元数が大きくて実用的な時間で比較できない。そこで主成分分析とか固有値問題とかに落としこんで計算比較するわけなんだけど、まあごちゃごちゃした数学の話はのけてしまおう。
Wikipediaの画像とか見てもなんだかわけわからん事になってるけど、これって差分とったり高次元空間で"回転"したり"拡縮"してから写像してるせいで、原理的には大量の顔画像サンプルから統計的に合成された平均顔からの比較基準になっているんだよね。

人間が脳内で人の顔を識別するときには『固有顔』なんて「粗雑」な方法はとってないと思うけど、本質的には各個人がその生活体験の中で獲得した「平均顔モデル」からの乖離を計測してるんだと思うのですよ。
根拠?
それは「平均顔」が測定基準として最適だと思う事がひとつ。(後述)
もうひとつは「平均顔」は「美しい顔」になるという知見があること。(いつか別エントリで*2
そして、親の顔に似た人に引かれるとかいう俗説*3。幼児期に最も接する時間が長い顔は、その人の「平均顔モデル」形成に大きな偏りをもたらすんじゃないかなぁ(んで、その人が感じる「美しい顔」へのバイアスになる)ということね。

この「脳内平均顔説」が正しいとしても、それが生得的な(=ゲノムにコード化されている)ものであれば、親の顔がそのひとの脳内の「平均顔」に影響する事は考えられない。(もちろん遺伝的に親子は近いわけだけれども、脳内の「平均顔」モデルと、表現系としての顔の造作に相関が現れるとはとても思えない。)

そもそも生得的に脳内に顔モデルを生成するほど脳の発生は自由度の低いもんじゃないと思うんだよね。
てか、なんぼ淘汰圧が働いても(顔を識別する能力は向上させるとしても)顔モデル自体を生得的に脳内に発生させるのは無理だという気がするのね。

んでまあ、そんな事を考えていたら、いつもの巡回ブログから以下の記述にめぐり合ったわけ。

顔見分け能力ゼロサム法則

しかし、その後、だんだん白人の見分けがつくようになって来たころ、日本に帰ってびっくり。

みんな同じ顔に見えるではありませんか。

成田から東京駅までの間に3回くらい「昔の同僚ではっ?」という人にすれ違って、その度に「違う違う、違うに決まっている」と自分に言い聞かせる始末。

そして日本で一週間くらい過ごすと、ちゃんとみんな違う顔に見えてきて、それでサンフランシスコの空港につくと、これまた空港にいる白人が同じ顔に見えると言う・・・・。

そうでしょう。そうでしょうとも。
こういう判りやすい言明って貴重ですよね。多分。と、ちょっと嬉しくなってしまったりして^^
後天的に獲得された平均顔モデルが時間経過とともに修正されて「アメリカ仕様」に変化したわけですね。
完璧に先天的なものならそうはいくまいと。
chikaさんの当初持っていた「平均顔モデル」を基準にすると、平均的な白人の顔は人種的な乖離が大きすぎてどの顔も似たように見えてしまう。もちろん鼻がでかいとか顎がたくましいとかの乖離は測定可能なので、個人の識別は出来るんだけど、固有ベクトルの乖離方向が似た人が多すぎるので識別が困難なんですな。
世界の中心に立てば、あらゆる事象が満遍なく周囲にちりばめられるのが、偏ったところに立てば、一方向にばかり事象が集まってみえる。なので世界の中心=平均顔を基準にするのが合理的。
で、滞米経験が長くなり「平均顔モデル」が「アメリカ仕様」になってから日本に帰ってきたら、今度は日本人の顔の「平均顔」からの乖離方向が一方に偏って同じように見えてしまうと。

実際、測定してみると、異人種間のほうが同一人種間より成績が悪くなるみたいね。
"Culture Shapes How We Look at Faces"*4よりコピペ:

ここで、東洋人の観察者の方が白人より異人種の識別の成績が良く見えるのは「ハリウッド映画」とかによる「訓練」の成果ではないかなぁ。
Ozu映画の熱烈ファンな白人とか被験者にしたら成績変わるんじゃないだろうか。

ところで、同じ原理は顔の表情の読み取り精度にも影響するのではないかと思う。
上記論文はAFP BB News『欧米人と東洋人で異なる表情伝達、英研究』からぐぐってたどり着いたんだけど、どうなんだろね、この内容。Newsの論文"Cultural Confusions Show Facial Expressions are Not Universal "はウェブではAbstructしか公開されてないみたいだけど。
グラスゴー大学のサイトに公開されてる論文"Culture Shapes How We Look at Faces"には「西洋人は目と口に注視するけど東洋人は顔の中心を見る」とか俄かに信じがたい事が書いてるんだけど、どうかなあ…。

*1:これはこれで『顔検出』という別の技法が必要になる

*2:2010.06.27追記。なぜ美人は少ないのか - 科学信仰

*3:科学的調査もあるみたい(育児のうまい相手を選ぶには:娘の恋人が父親に似ている理由: 科学に佇む心と体 Pt.1)。このブログでは、進化論的な解釈をしてるみたいだけど、私としては「幼児期の平均顔モデル形成に親の顔が大きく影響する説」をとなえてみたい。2010.06.27

*4:Blais, C. Jack, R. E., Scheepers, C., Fiset, D., & Caldara, R. (2008) Culture Shapes How We Look at Faces PLoS ONE 3(8) pp e3022.